作品紹介

重要文化財の秘密
観音と赤子に託されたものは
狩野芳崖《悲母観音》

狩野芳崖ほうがい 《悲母観音》

1888(明治21)年 東京藝術大学蔵
重文指定年月日:1955(昭和30)年6月22日

岡倉天心は、芳崖から「人生の慈悲は母の子を愛するにくはなし。観音は理想的の母なり」という言葉を聞いたといいます。この絵に描かれた赤子は1882年に生まれた芳崖の初孫だといいますが、一方で芳崖はこの絵を制作中に、最愛の妻よしを病で亡くしています。彼自身にとっても絶筆となりました。一見、伝統的な仏画のようですが、制作の動機には個人的な生と死のドラマがあったわけです。近代絵画最初の重要文化財となりました。

展示期間:4月25日~5月8日
ピンチヒッターが特大ホームラン
菱田春草《黒き猫》

菱田春草 《黒き猫》

1910(明治43)年 永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託)
重文指定年月日:1956(昭和31)年6月28日

この年初めて文展の審査員を委嘱された春草は屏風の大作に挑みましたが、どうしても納得がいかずそれを破棄、急遽、近所の焼き芋屋の猫を借りてきて、わずか5日間で仕上げたのが本作でした。とはいえ、短期間の制作でもそれまでの研究の蓄積が凝縮されています。こちらを見据える黒猫は輪郭のぼかしにより柔らかな毛並みが見事に表され、金泥による柏の葉との色彩の対比も鮮やか。写実と装飾が見事に一致した傑作と高い評価を得ました。

展示期間:5月9日~5月14日
描かれて、震災を潜り抜け100年
横山大観《生々流転》

横山大観 生々流転せいせいるてん

1923(大正12)年 東京国立近代美術館蔵
重文指定年月日:1967(昭和42)年6月15日

山奥の一滴の水が、やがて集まり渓流となって、大河となり海へと注ぎ、嵐とともに龍となって天へと還るという水の輪廻を表した水墨絵巻。全長40mあるため、東京国立近代美術館でも1階の細長い展示スペースでしか全部を広げられません。従って全貌を見られる機会は数年に一度、お見逃しなく。ちなみに2023年は本作が描かれてちょうど100年。展覧会初日に関東大震災が起きましたが救い出されました。40mを巻き取るのはさぞかし大変だったでしょう。

展示期間:通期
画家とモデルの間には
竹内栖鳳《絵になる最初》

竹内栖鳳せいほう 《絵になる最初》

1913(大正2)年 京都市美術館蔵
重文指定年月日:2016(平成28)年8月17日

東本願寺から天女の天井画を依頼された竹内栖鳳は、はじめ荻原守衛《女》のモデルも務めた岡田みどりを京都に呼び習作を進めていました。しかし彼女が病を得て急死したため、代わりの若いモデルを呼び寄せたところ、まだ慣れないその女性は脱衣を躊躇しました。その様子にインスピレーションを受けて生まれたのがこの作品。タイトルも含めて、絵画史にひそむ男性画家と女性モデルとの間の視線の力学に気づかされるという意味で、現代的な「問題作」でもあります。

展示期間:5月2日~5月14日
孫を抱く 嫁の姿に 母をしのぶ
上村松園 《母子》

上村松園 《母子》

1934(昭和9)年 東京国立近代美術館蔵
重文指定年月日:2011(平成23)年6月27日

松園はしばしば「美人画の名手」と呼ばれます。でも美人画という言葉にはどこか、男性からの欲望のまじった視線が感じられませんか。それに対して、この作品に描かれた女性はどうでしょう。幼児を抱いてやさしい眼差しを向ける母親。実際のモデルは息子の松篁しょうこうの嫁・たねとその子の淳之あつしですが、ここには同年に亡くなった松園の母・仲子への哀惜と感謝も込められており、いわゆる「美人画」とは一線を画しているように思われます。

展示期間:4月18日~5月14日
水面のきらめきを表す秘密
福田平八郎 《漣》

福田平八郎 《さざなみ

1932(昭和7)年 大阪中之島美術館蔵
重文指定年月日:2016(平成28)年8月17日

一見、抽象絵画に見えるかもしれません。発表当時、「今年の日本画中で、もっとも問題を提供するもの」で「果してこれが画か、模様か」とも評されましたが、作者は琵琶湖で釣りをしながら湖面のきらめきに興味を覚え、スケッチを繰り返し、また友人の写真家の協力も得て構想をまとめたといい、実際には綿密な自然観察から生み出されています。水面に反射する光は、金箔の上にさらにプラチナ箔を貼ることで輝かしい効果を生み出しています。

展示期間:3月17日~4月16日
眼で触るような質感へのこだわり
高橋由一 《鮭》

高橋由一 《鮭》

1877(明治10)年頃 東京藝術大学蔵
重文指定年月日:1967(昭和42)年6月15日

油絵で最初の重要文化財指定(1967年)。西洋から新たに学んだ油絵で、従来の日本の技法材料では困難だった本物そっくりの描写が可能となったことへの素直な感動が表されています。由一の興味は、とくに質感表現にあったようで、半身が切り取られているのも、ごわごわした皮と脂ののった身との質感の対比を表したかったからに違いありません、その意味では鮭を吊るす縄にもご注目。藁の毛羽立ちまでリアルに描かれています。

展示期間:通期
実在しないものをいかに描くか
原田直次郎 《騎龍観音》

原田直次郎 《騎龍観音》

1890(明治23)年 護国寺蔵(東京国立近代美術館寄託)
重文指定年月日:2007(平成19)年6月8日

ドイツで油彩画を学んだ原田は、西洋の伝統的な宗教画の描き方を身につけて、帰国後はその技術で仏教的主題に挑みました。伝統的な仏画とは異なり、陰影や遠近法が取り入れられたリアルな描写のこの作品は、当時の日本の人々にはとまどいをもって受け止められましたが、今日から振り返れば、異文化交流の成果の典型的な例といえるでしょう。ちなみに龍は実物を写生するわけにはいかないので、原田は犬、鶏などを参考にしたそうです。

展示期間:通期
誰もが知る 名作だけれど…
黒田清輝 《湖畔》

黒田清輝 《湖畔》

1897(明治30)年 東京国立博物館蔵
重文指定年月日:1999(平成11)年6月7日

箱根の芦ノ湖畔に佇む浴衣姿の夫人を描いた涼やかなこの作品は、日本的な油絵表現のひとつの典型的な作例として今日誰もが知る名作ですが、重要文化財に指定されたのは意外にもごく最近の1999年。実は、明治100年を記念して1967-68年に明治時代の作品がまとめて重要文化財に指定されたときに、この作品も最終候補まで残ったそうですが、最終的に選からもれたといいます。果してその理由は……。詳しくは展覧会で。

展示期間:4月11日~5月14日
実際に海に潜って研究しました。
青木繁 《わだつみのいろこの宮》

青木繁 《わだつみのいろこの宮》

1907(明治40)年 石橋財団アーティゾン美術館蔵
重文指定年月日:1969(昭和44)年6月20日

『古事記』の海幸彦うみさちひこ山幸彦やまさちひこの挿話に基づく作品。失くした釣針を探しに海底にある神殿の井戸を訪ね、その傍らの木に登った山幸彦が、海神の娘の豊玉姫(画面左下)と出会う場面です。青木は制作にあたり綿密な考証を行い、潜水具で海に潜って海底のイメージを掴むなど心血を注ぎましたが、展覧会では賛否が分かれ不本意な成績に終わります。しかし明治浪漫主義の代表作のひとつとして、明治100年を過ぎた1969年に重要文化財となりました。

展示期間:通期
その微笑、 やわらかで、 妖艶。
岸田劉生 《麗子微笑》

岸田劉生 《麗子微笑》

1921(大正10)年 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives
重文指定年月日:1971(昭和46)年6月22日

劉生は娘の麗子を数多く描いていますが、数えで8歳の姿を描いた本作は最もよく知られた1点。彼は麗子を描くことで、「顔や眼にやどる心の美、一口に云えば深さ」を会得したといい、それをレオナルド・ダ・ヴィンチに教えられたともいいます。そして本作では「今までの私の絵にあまりなかった、やわらか味が加えられてあります。一種妖艶のような味が加えられました」とのこと。そんな言葉を聞くと、この麗子の微笑をモナリザと比べてみたくなります。

展示期間:4月4日~5月14日
モデルのほうが 上から目線
萬鉄五郎 《裸体美人》

よろず鉄五郎 《裸体美人》

1912(明治45)年 東京国立近代美術館蔵
重文指定年月日:2000(平成12)年12月4日

東京美術学校の卒業制作で、19人中16番目という低評価だったにもかかわらず、「個性的な芸術家たちを輩出した大正時代の劈頭へきとうを飾る」記念碑的作品として2000年に重要文化財に指定されました。ゴッホの影響を示す早い時期の作品というだけでなく、近年の研究では、師の黒田清輝の作品と同じ題材を扱いながら、モデルと作者の視点のヒエラルキーを逆転させていることが明らかにされており、ジェンダー論的な意味でも興味深い作品です。

展示期間:通期
老いた猿の見つめる先には?
高村光雲 《老猿》

高村光雲 《老猿》

1893(明治26)年 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives
重文指定年月日:1999(平成11)年6月7日

上野の西郷さんや皇居前の楠木正成像などでよく知られる高村光雲。本作はシカゴ万博で受賞した彼の代表作。猿の左手には鳥の羽根が握られています。鷲を捕えようとして取り逃がし、その飛び去る姿を睨みつける様子を表したものといわれますが、万博では日本館の隣にロシア館があり、鷲はロシアを暗示していると、息子の高村光太郎は回想しています。欧米列強に肩を並べようとしていた明治の日本の姿をそこに見ることができるでしょう。

展示期間:通期
「裸体」ではありません!
新海竹太郎 《ゆあみ》

新海しんかい竹太郎たけたろう 《ゆあみ》

1907(明治40)年 東京国立近代美術館蔵
重文指定年月日:2000(平成12)年6月27日

ドイツで彫刻を学んだ新海が、第1回文展に審査員として出品した意欲作です。裸体の立像ですが、胸から太腿にかけて、濡れた手ぬぐいが肌にはりついているように表されています。当時はまだ裸体表現が風紀取締りの対象となることがしばしばあったため、それを避ける工夫でしょう。ところでこの女性、髪型や顔立ちを見ると日本人ですが、プロポーションはいかにも西洋人。この不思議な混在に異文化摂取のおもしろさが見て取れるでしょう。

展示期間:通期
評価の分かれ目。「装飾過多」 は悪趣味?
初代宮川香山《褐釉蟹貼付台付鉢》

初代宮川みやがわ香山 こうざん
褐釉蟹貼付台付鉢かつゆうかにはりつけだいつきばち

1881(明治14)年 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives
重文指定年月日:2002(平成14)年6月26日

なぜか壺の上に、渡り蟹。本物そっくりですが、全部やきもの。壺は奇妙に変形されていて、露わになった土の質感と、だらりと流れる釉薬が一層グロテスクさを醸し出しています。明治の輸出工芸は「日本趣味」を過剰にまとった「欧米向け土産物」として評価の低い時代が続きましたが、1990年代以降、主に博覧会研究の進展によって再評価が進み、本作は精巧な手わざを示す明治工芸の代表作のひとつとして2002年に指定されました。いま「超絶技巧」性が脚光を浴びています。

展示期間:通期
江戸の手わざか、明治の最先端技術か
鈴木長吉 《十二の鷹》

鈴木長吉 《十二の鷹》

1893(明治26)年 国立工芸館蔵
重文指定年月日:2019(令和元)年7月23日

色とりどりの繋ぎ緒を付けた十二の鷹の肖像は、「架鷹図かようず」として描き継がれてきた画題ですが、由緒正しき屏風絵から飛び出てきたような本作は、金属製の鷹。1893年のシカゴ万国博覧会出品のために24人もの職人が動員されました。羽根の細部を精緻に表し、それぞれの年齢、体格の違いや気性まで正確に捉えています。江戸時代以来の金工技術の粋を尽くした作と評価されてきましたが、近年のX線調査で、当時導入されたばかりの電気メッキが用いられている可能性も出てきました。

展示期間:通期

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